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8/16: ★8.17緊急!大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議実行

「さようなら原発1000万人 アクション」
7・16は「さようなら原発10万人集会」へ!  ☆署名も!!
呼びかけ文はこちら  

 首都圏反原発連合: ★8.17緊急!大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議 【呼びかけ】首都圏反原発連合有志
 【日時】8/17(金)18:00〜20:00 予定
 【場所】首相官邸前および永田町・霞が関一帯
 (霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
 ◆首都圏のデモ情報◆ 脱原発スモールアクション
◆脱原発デモ&アクション情報◆ ※クリックすると詳細にリンクします (外部リンク)
 8月17月(金) 8.17★ 首相官邸前抗議
 8月18日(土) みんなのNONUKES☆西東京(西武新宿線・東伏見)
 8月18日(土) 296DEMO 第2回ブクロデモ(豊島区池袋)
 8月18日(土) 踊る有象に見る無象 盆ダンス with 福島 つまり盆踊り (杉並区)
 8月19日(日) 脱原発と平和を求める市民デモ(東京都武蔵野市)
 8月25日(土) 原発さよならデモ@大宮VOL.2  (埼玉県さいたま市大宮)
 8月25日(土) 再処理とめたい!定例デモ (渋谷)
 8月26日(日) 原発はいらない西東京集会&デモ&ゲンパツイラナイト(西東京市)
 8月26日(日) 反原発デモ@渋谷・原宿<Twitterデモ>(渋谷・宮下公園)
 8月26日(日) 原発止めよう!夕涼みデモin府中(東京都府中市)
 9月 2日(日) TwitNoNukes神奈川主催の反原発デモ第3弾(横浜市中区)
 9月 9日(日) パパママぼくの脱原発ウォークin武蔵野・三鷹第3弾!

政治的影響力試される日本の反原発運動
 9.29脱原発国会大包囲空撮〜人が溢れた瞬間映像
 

 脱原発の鎖が国会包囲〜議事堂前に解放区!(2012年7月29日)
 

阿修羅: 誰が造反で、誰がヘタレじゃ [田中康夫 にっぽん改国]  ○株式会社の7割、連結決算を導入する超大企業の66%が、国税の法人税と地方税の法人事業税を1円も納付していない不条理を改善するには、利益に対する現行の課税から、事業規模や活動量を基準に課税する外形標準課税へと抜本的に刷新すべき。…  ★賛同
 「外形標準課税のポイント Q&A」 (資料提供; 『早わかり外形標準課税Q&A』   朝日監査法人(現あずさ監査法人) 著)

 小出裕章さんの反原発教室「優しく生きることと原子力」
 
 OPTVstaffさんが 2012/04/22 に公開

 ☆以下、埋込みが、拒否されていますので、クリックしてご高覧ください。その際は、「入市被爆者」、残留放射線(被ばく)、63年の­時を経て、ようやく見直された「原爆症」認定基準、等に、ご留意ください。
 NHKスペシャル 復興
 あの日、一発の原子爆弾で廃墟となった広島。アメリカ軍は原爆の威力を調査するため被爆直後の街の様子を航空写真で撮影していた。そこに鮮明に写し出されていた一面焼け野­原となった無残な街の姿。しかし、その2年後に撮影された航空写真には、アメリカ軍が驚くほどのスピードで復興へ向かうヒロシマの姿があった。爆心地に建つたくさんのバラ­ック、壊滅した商店街に軒を連ねる店、焼け野原に整然と並ぶ復興住宅・・・。70年は草木も生えず人は住めないとさえ言われた街で、生き残った人々は復興の槌音をあちらこ­ちらで響かせていた。一時は数万人にまで減った人口はわずか2年で20万人を超えて、広島の街は活気を取り戻していく。
 NHKスペシャル 見過ごされた被爆
 原爆投下から63年目となったこの年、原爆症の認定基準が大きく変わった。見直しの特徴は、原爆投下後、市内に入った「入市被爆者」と呼ばれる人達に対して、原爆症と認定­する道を開いたことだ。これまで国は初期放射線の被害は認めてきた一方、放射線を帯びた土などが出す「残留放射線」の影響はほとんどないとして、11万人いた入市被爆者の­原爆症認定の申請は、ほぼ却下してきた。土や建物などから強い残留放射線を被ばくしたとみられる入市被爆者の中には、放射線の影響とみられる急性症状が現れ、白血病やガン­などで亡くなった犠牲者が多い。入市被爆者は初期放射線の被害と同様の症状を示したにもかかわらず国から「原爆症」と認められず、援護のカヤの外に置かれてきた。63年の­時を経て、ようやく見直された認定基準。なぜ被害はこれまで見過ごされてきたのか?
 体いっぱいで原爆を語りつぐ
 手話で被爆体験を語り継いでいる山﨑榮子さん。18歳の時に目の当たりにした長崎市内の悲惨な光景を歴史に埋もれさせまいと、体いっぱいで語り続ける。2003年の平和祈­念式典で、ろうあ者として初めて被爆者代表に選ばれた山﨑さんは、音のない原爆の記憶を、静かにそして激しく語りかけた。全身を使って被爆体験を伝える山﨑さんの手話は大­きな反響を呼び、全国から講演の依頼が殺到した。相次ぐ講演により生活は一変したが、原爆を知らない世代に被爆体験を伝えるために、山﨑さんは依頼に応え続ける。その姿勢­は白内障で急激に視力が低下した時でさえも変わることはなく、生活に支障が出るほどの不自由を味わいながらも、各地からの講演依頼は決して断らなかった。懸命に自身の体験­を伝え続ける山﨑さん。その根底にあるのは、「なぜ原爆が使われなければならなかったのか」という疑問、そして怒り・・・。
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